ポテトサラダをもう一度
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シュテルンビルトで小料理屋を営む「私」と常連客のネイサンが、お互いのことを「帰る場所」として選択し、結婚の約束をする話。夢主は女主を想定して書いていましたが、とくに限定はしていません。多分2017年ぐらいに書いたものを、タイバニ2期始まった記念に発掘。
シュテルンビルトのダウンタウン地区。その中でもイーストリバーに面する黄色い建物を左に曲がり、細い路地を奥に向かって歩いて行く。その突き当りに、私の経営する小さな居酒屋はあった。私の出身地であるオリエンタルタウンとは違いパブやバーが多いこの街で店を構えるのは大変だったが、今はなんとか経営も軌道に乗って常連客で賑わう「隠れ家」的なお店になっている。
オリエンタルタウンにある馴染みの酒屋さんから卸してもらった美味しいお酒。そのお酒にあうような料理を毎日その日手に入った食材を使って作る。だからメニューは毎日変わるし、食材が切れたらそれで終わり。基本的には私一人で手伝いにアルバイトを一人雇っているだけなので大量生産はできないが、毎回違うメニューが食べられるという部分がリピーターを呼ぶ一因となっているようだった。
「お先失礼します」
「お疲れ様。遅いから気を付けてね」
夜も更け、週末にしてはいつもより客足が少なかったので今日はアルバイトの子にも少し早めに上がってもらう。彼も私と同じようにオリエンタルタウンから出てきた大学生で、学費を自分で工面するためアルバイトをいくつか掛け持ちしているらしかった。同郷のよしみもあり、食べ盛りなのだからといつも多めにまかないを用意していたら「このバイトを始めてから少し太った」と怒られてしまった。それでも毎回幸せそうな顔で食べてくれるので、しばらくは彼の体重増加に加担しようと思っている。
今日はもう店を閉めてしまおうか。冷蔵庫の中身を確認しながらそんなことを考えていたら、ガラガラと扉を開ける音が聞こえ慌てて立ち上がる。
「いらっしゃい……あ、ネイサン」
「あらァ、今日はもう店仕舞い?」
「まだ大丈夫だけど……来るならそう言ってくれたらよかったのに」
「なんか急にアンタの顔見たくなっちゃって」
「なあに、お疲れね。ちょっと待って、暖簾下ろしてくる。折角だからゆっくりしてって」
暖簾をくぐって現れたのは、この店をオープンした頃から通ってきてくれているネイサン・シーモアという常連客。最初にネイサンが来店したとき少し他のお客さんがざわついて、まあ派手な見た目だからなあと思いながらもいつも通り料理を作って世間話に花を咲かせていたのだが、次の日たまたま街中で大きなスクリーンに映し出された彼女を見て驚いた。どうやら彼女は若くしてヘリオスエナジーの社長になった超有名人らしかった。ヘリオスエナジーといえばシュテルンビルトどころか今や世界的に有名なエネルギー会社である。私がこうやって美味しい料理を作ることができているのも、彼女の会社が供給してくれているガスのお蔭だ。しかしテレビも無く、あまりニュースにも興味のない私は全くそれを知らずにヘラヘラと特に実のない話をしただけではなく、彼女の前の客で仕込んでおいたハンバーグのタネが切れてしまったのでありあわせのものでおつまみを作って出してしまった。
しかしその次にネイサンが来店したときにそのことを謝ると、彼女はあっけらかんと「あっちのほうがヘルシーでアタシ的には助かったわ」と笑い、「そんなに気使わないでいいわよ、ここではアタシはただの客なんだから」と美味しそうにポテトサラダを頬張った。それ以来ネイサンはよくうちの店に遊びに来るようになり、バーを経営しているらしい彼女にお店のことで相談をしたり料理について相談を受けたりしていつの間にかまるで古くからの友人であったかと思うほど仲良くなったのだ。
単身シュテルンビルトに移住し今まで友人がほとんどいなかった私にとって、ネイサンの存在はとても大きかった。また、彼女が紹介してくれた仕事仲間のアントニオさんやホァンちゃんたちも皆とてもいい人ばかりで、中でも虎徹さんに至ってはいつもお世話になっている鏑木酒店のオーナーの弟さんであることが判明し驚いたことを覚えている。この間なんて閉店後にネイサンと二人して大盛り上がりしてしまい、朝まで飲み続けたせいで久しぶりに立てなくなるほどの二日酔いを体験した。
そんなネイサンは多くの場合事前に連絡を入れてからやってくるのだが、数か月に何度かはこうやって突然ふらりと店を訪れる。そういう日の彼女は決まってどこか疲れた顔をして、いつもの明るいそれではなく困ったような笑顔を浮かべて店の暖簾をくぐるのだ。
「じゃじゃん! とっておきの純米大吟醸! まずは贅沢に食前酒でどうぞ」
「……ありがと。アンタも飲んだら?ってハナからそのつもりよね」
「えへへ、バレてた? 大丈夫、多少酔っても料理の腕に影響はない!」
「酔っぱらって火傷するんじゃないわよ」
普段とは違い口数の少ないネイサンを前に、私はいつも通りどうでもいいことを話しながら調理に取り掛かる。ネイサンが来たら飲もうと思って隠しておいたお酒は思っていた以上に美味しかった。ありがとう鏑木さん。
「今日は珍しく鱚が手に入ったから天ぷらにするね」
「鱚?」
「うん。ちょっと塩つけて食べたら最高だから」
「アタシあれも食べたいな、あのポテトサラダ」
「分かった。ネイサンあれ好きだねえ」
「あの味、なんか安心すんのよ。優しいというか……そうねえ、ふわふわしてて安心する」
赤い瞳をすうっと細めて、ネイサンが口を噤む。ううん、今日は特にお疲れのようだ。
「最近、夢をみるのよ。とてもつらくて、苦しい夢」
「うん」
「もう自分の中では折り合いをつけたと思ってたんだけど。人の期待に呑みこまれてしまう夢」
「……うん」
「アタシは息ができなくて、助かる方法は知っているんだけどそれを選べばアタシはアタシじゃなくなって」
冷蔵庫から取り出した冷えたお皿にポテトサラダを盛り付け、伏し目がちに語るネイサンの前にそっと差し出す。
「そこから逃げるためにアタシは全部捨ててきたんだって、この道を選んだんだって思ってもどうにも苦しくて」
「……」
「……美味しい。こんなに美味しいもの食べながらするような話じゃないわね、ごめんなさい」
そう言って、またネイサンが困った顔で笑う。
「ネイサンはちょっと頑張りすぎだね」
「……え?」
「こういうこと赤の他人が言っても嘘くさく聞こえるかもしれないけどさ、私はネイサンが好きだよ」
「……」
「それにほら、悪い夢は誰かに話すと本当にならないっていうし。私が今その悪い夢を食べました」
「アンタ獏かなんかだったの……?」
衣を付けた鱚を温まった油の中に滑り込ませると、パチパチと威勢の良い音が響く。
「私は料理と話を聞くぐらいしかできないけど、それでいいならいつでもここに逃げ込んできなよ」
「……」
「ネイサンの家と比べたらちょっと狭いかもしれないけど、ここも帰る場所の一つにしていいんだよ?」
「……」
「二階にはふかふかのベッドもあるし、ネイサンのためならバケツいっぱいだってポテトサラダ作っちゃうもんね」
「ありがとう、」
「よしよし、ネイサンは偉い。ご褒美に揚げたての天ぷらにあう秘蔵の白ワインを開けちゃう!」
小さな子供にするようにそのピンク色の頭を撫でてみると、ネイサンはくすぐったそうに笑って私の手を掴む。その骨ばった大きな手によってすっぽりと手を包まれてしまい、私は仕方なく片手を繋いだままで出来上がった天ぷらを差し出した。
「それにしてもさっきの、なんだかプロポーズみたいだったわね」
手に指を絡めながらそう言うネイサンに少し動揺し菜箸を取り落とした私に、彼女は茶目っ気たっぷりにウインクをする。流石歴戦の士、色気が違うぜ。
「えっ!? ど、どうする? ネイサンうちにお嫁に来ちゃう?」
「あらヤダ、このアタシを口説いてんの?」
「不束者ですがよろしくお願い致します……あ、その場合私とネイサンどっちがドレス着るの?」
「そうねえ、個人的にはアンタのドレス姿を見てみたいけど」
「じゃあ最初はネイサンがタキシードで、お色直しで二人でドレス着るってのはどうかな?もしくはお互い衣装チェンジでエスコートもアリ!」
「いいんじゃない?」
「よし、決まり! じゃあ虎徹さんとか呼ばなきゃね。いつもお世話になってるし」
子供同士がするような、ふわふわとしたプロポーズ。アンタの作るポテトサラダみたいだわといつも通りの笑顔を見せたネイサンが、数日後真っ赤な薔薇の花束を抱えてそのふわふわとした約束を果たしにくるのはまた別のお話。
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