黒羊咩咩 / kokuyoh meme

真っ赤なレモン



 夏は嫌いだ。ちょっと動いただけですぐに汗だくになるし、日焼けはするし。普段から暑苦しい運動部の男たちはますます暑苦しくなるし、女子更衣室は制汗剤の匂いで息もできなくなるし。なにより真っ赤な太陽が「お前らなんて焼き尽くしてやる」みたいな顔でギラギラ照り付けてくるのも気に食わない。何言ってるんだろう、私。暑くて頭が朦朧としてきた。
 こういうとき、人より背が高いということがとても嫌になる。だってより太陽に近いわけじゃん。177cmの私と160cmののんちゃんが並んでいたら、きっと私の方が強い太陽の光を受けていることになるんでしょう。そんなの不公平だ。
 光合成ができるならまだしも、私は普通の人間だし。あ、そうだ。目的を思い出した。わざわざこの暑い中クーラーの効いた自習室を離れて自販機に飲み物を買いに降りてきたんだった。危ない。校内で遭難するところだった。あれ?遭難って冬の雪山でするものだっけ? 夏は何? 漂流? 水も無いのにどうやって漂流するんだ。ああもう暑い。小銭、120円。さっさと飲み物買って戻らないとホントに死んじゃう。

「……牛乳……?」

 お金を入れてボタンを押すと、ガタタンと音を立てて出てきたのは白い紙パックに入った牛乳で。私は確かに自販機の下段右から三番目にあるレモネードのボタンを押したはずなのに。
 こんなクソ暑い中で牛乳なんて飲めるわけないでしょ。誰の嫌がらせだこれは。  止まることのない汗と喉の渇きが、私のイライラを助長する。太陽の光を反射しながら佇む自販機が妙に偉そうに見えてきて、私は力なく目の前の白いボディを睨みつけながらへなへなとその場にしゃがみ込む。絶対に許さない。夏も、太陽も、牛乳も自販機も。みんな大っ嫌いだ。

「大丈夫っすか!?」
「……はあ?」
「いや、はあ? やのうて。先輩顔真っ青やで」

 この辺りでは馴染みのないイントネーションに思わず眉を顰めながら顔を上げれば、馬鹿みたいに真っ赤な髪をした男の子が私のことを見下ろしていた。真っ赤な髪に、黄色いジャージ。私を苦しめている太陽と同じその色に、思わず「げっ」と声が漏れる。

「人が親切に声掛けてんのに何なんですかその態度」
「ごめん、ありがとう。暑い。誰?」
「はあ?先輩ホンマ大丈夫っすか?」
「……誰かと思えば……お豆くんか……」
「ちょ、ホンマその呼び方やめてくださいよ!ホラちょっと影入りましょって!」
「……いいんや……私はここで死ぬんやで……」
「そんな下っ手くそな関西弁を最後の言葉にせんといてください」

 ずるずると私を引き摺るようにして影まで連れて来てくれたのは、1年生の鳴子章吉という少年だった。
 幼馴染の田所迅が所属している自転車競技部の後輩だという彼とは、先日迅くんの忘れ物を届けに彼の部室へ足を運んだ際に知り合った。
 1年生にしてインターハイのメンバーに選ばれ、その奇抜な色の頭と特徴的な喋り方から噂の的となっていたその少年に私も最初はどう接したものかと悩んだものだが、いざ言葉を交わしてみると小さな身体で人一倍努力しているただの男の子だった。
 これは迅くんが気に入るわけだと零した私に「迅くんって先輩オッサンの何なんですか?もしかして彼女?」とキラキラした目で問いかけた鳴子くんに初対面で一発拳を決めてから、何かにつけて私に絡むようになったこの少年。もしかしなくてもMの気があるのだろう。
 いつも楽しそうに話しかけてくるお蔭で無視することもできなくて。人より大きな私に懐く人より小さな鳴子くんを見て、友人たちはいつも「弟(の鳴子)くんが呼んでるよ」と私をからかった。喋り方も、髪色も、身長も性格も。似ているところなんて一つもないのに。

「飲み物……。」
「今自分が手に持っとるやないですか」
「この暑いのに牛乳を飲めって言うの!? 私に!?」
「ここで逆ギレ!? 自分で買うたんでしょ!?」
「レモネードのボタン押したら出てきたんだよ……」
「ああもう、ほなこれ飲みます?中身スポドリですけど」

 溜め息を吐くぐらいなら放っておけばいいのに、自分のかばんをゴソゴソとあさって鳴子くんが取り出したのはスポーツ用の白いボトルで。「はい」と手渡された物を突き返すのも悪いのでありがたく受け取ったのはいいが飲み方が分からない。  そのままぼうっとと鳴子くんとボトルを交互に眺めていると、彼は呆れた顔をしながら私の手の中にあるボトルを指さし口を開いた。
「その口のとこ引っ張り出して、本体を軽く押せば出てきます」

 まるで先生のようにそうレクチャーしてくれる鳴子くんに「ありがとう」と小さくお礼を言いながら言われた通りにボトルの口を引いて恐る恐る力を込めてみると、なるほど甘さの中にすっきりとしたレモン風味のある液体が私の乾ききった喉に流れ込んでくる。レモネードではないけれど、これは私の求めていた味だ。

「ありがとう、助かったよお豆くん」
「せやから豆ちゃうって言うてるでしょう!」
「ほら、お礼にこの牛乳を上げよう。背が伸びるよ」
「自分ホンマに感謝してます!?」
「私は小さいころ毎日飲んでたよ」
「……まあ貰えるもんは貰っときますけど……」

 ちょっとからかえば予想通りギャンギャンと噛み付いてくる鳴子くんをニヤニヤと見つめながら、ふとこのボトルが彼の部活用のものであることに気が付いた。これから練習なのに、私が飲んでしまって大丈夫なんだろうか。普通に外に出た私が暑さで死にそうになっているぐらいなのだから、これから運動をする鳴子くんにとってこれはかなり大事なものだったに違いない。これは素直に悪いことをした。

「お豆くん」
「ホンマええ加減にせなワイかて怒りますよ!」

 自分でも何故そんなことを口にしたのかわからないのだけれど、「練習用のスポドリ、貰っちゃってごめんね」と続けようとした私の口から飛び出したのは全く別の言葉で。

「間接キスだねえ」
「……っ! げっほげっほ……な、何を言うてるんですか! 鼻から牛乳出るか思たわ!」
「え、汚い」
「誰のせいや思てるんですか!!」

 珍しく語気を強めた相手に、これは本気で怒らせてしまったかなと思いながらボトルを返そうとすると、目の前には顔を髪の毛と同じぐらい真っ赤に染めて紙パックの牛乳を握りつぶしている鳴子くんの姿があった。
 いつもと同じような軽口のつもりだったのだけれど、結果として純情な鳴子くんの心を傷つけることになってしまったらしい。
 よっこらしょ、と女子高生にしてはくたびれた声を漏らしながらその場で立ちあがると、大きなつり目がキッと私を見上げた。

「鳴子く、」
「先輩はいっつもそうやってワイのことからかってばっかりやけどな、」
「え、ちょ、ごめんって」
「ワイは最初に会ったときからずっと伊津先輩しか見てへんのや!!」
「え、あの、鳴子くん!?」

 昼時の校舎に響き渡る、真っすぐな愛の告白。目の前でさらに顔を赤くする小さな太陽の熱に溶かされてしまいそうで思わず白いボトルを握りしめた私を、爽やかなレモンの香りが包み込んだ。




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