消えた陽炎
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冒頭、クラスメイトから暴言を吐かれる描写があります。フラッシュバックにご注意ください。
「トロい」「伊津さんがいると仕事が進まない」「オドオドしすぎて見ててイラつく」ドストレートなトリプルパンチ。文化祭を明後日に控えてどこか殺気立ったクラスの女の子たちに教室のど真ん中でそう言われて、私はどうすることもできずに小さな声で「ごめんね」と謝罪の言葉を述べた。
確かに私は手先が器用な方では無いし、臨機応変に対応できるタイプの人間でもない。それでも文化祭の委員になってしまったからにはと自分なりに一生懸命やっていたつもりだ。どうしても一緒に委員をやってほしいと頼んだ友人は先程買い出しに出掛けてしまったし、作業も佳境を迎えているときにキツく当たられている「役に立たない方の文化委員」を助けようとする物好きなんているわけがなく、みんなこっちを見て見ぬふりをしている。いや、きっとみんなも彼女たちにおおむね同意しているのだ。私がトロくて使えない腹立たしい人間であると。そのままその空間にいると泣いてしまいそうで、私はもう一度「ごめんね」と呟くとパンパンになったゴミ袋を抱えて教室から逃げ出した。
ゴミ袋を抱えて階段を駆け下りると、他の生徒たちの楽しそうな声が聞こえてまた涙が出そうになる。どうして私はこうなんだろう。唇を噛んで俯きながら校舎の裏へ向かう。昼下がりの太陽に照らされた私の影は真っ黒で、もやもやと心の中に広がる苦しさによく似たそれは私の足に絡みつこうとしていた。逃げるように飛び出してきたのに、校舎裏へと向かう足取りは鉛のように重い。手に持ったゴミ袋をギュッと握り締めながらのろのろと足を進めていると後ろから誰かが走ってくる音が聞こえ、その足音は走る速度を緩めて私の前に回り込んだ。
「伊津さん」
「鳴子くん。あ、それもゴミ? じゃあ私捨てて、」
「なんで言い返さへんかったん?」
「え?」
突然目の前に現れた鳴子くんに驚きつつも彼の持っていたゴミ袋を受け取ろうと手を伸ばした私に、鳴子くんは少し息を整えた後真面目な顔をしてそう尋ねた。何故言い返さなかったと言われても、あそこで言い返していたらきっと事態はもっとややこしくなっていただろうし、彼女たちが言っていることも間違ってはいないので私に言い返す権利は無い。そもそも昔からよく馬鹿にされてきたから、一々言い返す気にもならないのだ。言い返せば、きっと泣いてしまうぐらい私は弱くて駄目な存在だから。鳴子くんの真っ直ぐな視線におどおどする私を見て、彼はさらに険しい表情を浮かべると私がすがるように握りしめていたゴミ袋を私の手の中から奪い取った。
「腹立たへんの?あれだけボロカス言われて」
「だって、本当のことだし……」
「ホンマのことちゃうやろ!伊津さんいっつも遅まで残って委員の仕事やってたやん!」
語気を強めた鳴子くんに、思わずびくりと身体が震える。そんな私を見た彼は大きく溜め息を吐くと、手に持っていたゴミ袋と私から取り上げたゴミ袋を順にゴミ捨て場のコンテナの中へと放り込んだ。
「ワイは腹立つ!」
パンパンと手を払いながらそう言う鳴子くんはやっぱり真っ直ぐ私を見つめていて。
「伊津さんが悪く言われるん、めちゃめちゃ腹立つ!」
「鳴子く、」
「伊津さんは優しすぎんねん。嫌やったら嫌って言いや」
「で、でも私がやりたくて委員に」
「分かってる。せやから代わりにワイが怒ってんねん!」
真面目な顔でそう言い放った鳴子くんを、私はぽかんと呆けた顔で見つめてしまう。
「なんでそんな、」
思わずぽろりとそう零せば、ハッと目を丸くした鳴子くんの顔がみるみるうちに赤くなる。先程までの勢いはどこへやら、視線を宙に泳がせて黙ってしまった鳴子くんにつられて私の頬もじわじわ熱を持ち始め、静かな校舎裏にはむず痒い沈黙が漂った。
「な、なんでって」
「ご、ごめん!その、お礼を言おうと、」
「お、お礼なんていらんて!ほ、ほな教室戻ろか!」
「そうだね!まだ沢山仕事が残ってるし!」
「よっしゃ!ちゃっちゃと片付けて他の奴ら見返したるで!」
沈黙に耐え切れず少し上擦った声で話し始めた鳴子くんに、私も不自然なほど饒舌になりながら足元へ視線を落とす。足元にはさっきと同じ真っ黒い影。でもそこにはもう私の足を引っ張っていたもやなどどこにもなかった。
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