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<1227文字>


Lamb(レノックスが引き継いだ羊の話)

小さいひつじが いえをはなれ、
ある日とおくへ あそびにいき
花さく野はらの おもしろさに、
かえるみちさえ わすれました。
(讃美歌21 200)


 その日レノックスは、年老いた一人の羊飼いと出会った。日に焼けた肌に、深く刻まれた目尻の皺。年齢のわりに筋肉質でしゃんとした背中は、彼がこれまで群れを守り率いてきた歴史を代弁するようだった。
 フィガロの紹介で顔をあわせたその男、デイビッドは、六十年以上の時を羊たちと共に過ごしてきた。しかし去年の暮れ頃から持病が悪化し、一人で羊の世話をするのが難しくなってしまったらしい。麓の町で自分の店を構えた一人息子は羊飼いの仕事には興味を示さず、今すぐ全ての羊の引き取り手を見つけることもできない。困った顔で「代わりが見つかるまででいいから」と言われてしまえば断るわけにもいかず、レノックスは「俺でよければ」としばらくこのレイタ山脈に留まることを決めた。
 
 時刻は朝四時半を少し過ぎたところ。あと三十分もすれば、山の端から太陽が顔を覗かせるだろう。
 初夏とはいえ、この時間帯はまだ少し肌寒い。一度大きく伸びをしてから手早く動きやすい服装に着替え、井戸から汲み上げた冷たい水で顔を洗う。そうやって意識を完全に覚醒させたら、朝食の時間だ。
キッチンで牛乳をラッパ飲みしながら、ナイフでライ麦パンとハム、チーズをスライスし、そのまま重ねてかぶりつく。ライ麦パン特有の酸味とハムの塩味を、羊のチーズのまろやかな甘さでまとめたこれは、デイビッドから一番最初に教わった料理だった。
 生きていれば腹が減り、生きるためには必ず食べなくてはならない。口癖のようにいつもそう口にしていたデイビッドは、レノックスにいろいろなことを教えてくれた。

 羊飼いとしての生活は新しい学びも多かったが、不思議とレノックスの身体によく馴染んだ。
 目の前に広がる雄大な山脈。風の音と羊たちの鳴き声だけが響くその場所に佇んでいると、改めて世界の広さと己の小ささを痛感する。
 肺いっぱいに息を吸い込めば、鼻腔をくすぐる青々とした草花の香り。血の匂いでも、焼け焦げた匂いでもない、静かでしなやかな「命」の香りは、疲弊したレノックスの心を優しく包み込んでくれるようだった。

 レノックスが群れの中に見覚えのない黒い羊を見つけたのは、先始めのエーデルワイスの花が美しい、よく晴れた日のことだった。
 ここレイタ山脈で放牧の最中に動物の数が増えること自体は、なにも珍しいことではない。羊飼いたちはその現象を「山の精霊からの贈り物」と呼んでいるくらいだ。
 しかしその日増えた羊は、どこかこれまでの「贈り物」とは様子が違った。大きな巻きツノが特徴的なその黒い雄羊は、レノックスをじっと見上げるとおもむろに言葉を発したのだ。
 
「お前、魔法使いか?」

と。畳む


#ネタメモ #夢小説 #まほやく

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