12. 落日

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Twitterで呟いていた「私は人間として死にたいんだ、と零したことを覚えていて輿入れの日に遠くから射抜いて殺してくれるルークはハーント?」もといルーク・ハントに殺してほしいと頼んだ王族の恋人の話。
成分表:ネームレス男主夢 | 恋人 | 軽度の怪我描写


 その道しかないんだ、と言うと人は笑う。お前の努力が足りないからだとか、逃げ出そうと思えば逃げ出せるだろうとか。恵まれた生活をしておいてそんなことで文句を言うなと、謗る者もいる。幼い頃から守られ、衣食住に困ったことはなく、国の外で学問をする機会まで与えてもらった。そしてこれからも豊かな暮らしが約束され、民の生活も守られる。僕が王位継承権を放棄し、隣国に嫁げば。
 今この時代になにを言っているのだと思うだろう。地図上で目を凝らして探さなければ見つからないほど、小さく名もない国。それこそ消えてしまったところで誰も気がつかないほど小さな、僕の王国。
 どうでもいいと割りきることができたら、どんなによかっただろう。全てを捨てて逃げ出すことができたなら、どんなに楽だっただろう。でもこの国の王位継承者として生まれついたその瞬間から、僕に人間としての権利はなく、選択肢など与えられてはいなかった。
 学園に入って得た束の間の自由。そのあいだに僕は必死で学んだし、遠い国々からやってきた生徒たちとの交流を通じてなんとか活路を見出そうとした。でもダメだった。国際的な法や常識なんて通用しないあの場所から僕が逃げれば、小さな弟や妹たちは罰せられ、民の生活が脅かされる。それならいっそ、外の世界など知りたくなかった。世界がこんなにも自由で眩しいものだと知らなければ、勝手に未来に期待して泣いたりすることもなかったのに。

「僕はね、このまま何者でもない自分として死にたいんだ」

 シーツの上に広がる絹糸のような金色を指先で弄りながらそう呟いたのは、ほとんど無意識でのことだった。そしてこちらをじっと見上げる恋人に気づき、慌てて「今すぐ死にたいわけではないよ」とつけ加える。でも生きたいわけでもない。死なないことが僕の役割だから、生きている。そんな情けない思考まで見透かしているような涼やかな目元にキスをして、ブランケットからはみ出してしまった足先を絡めあう。
 彼は僕にとってひそかな、そして唯一の執着だった。でもそれを彼に伝えたことはなかった。気が向いたらともに時間を過ごし、じゃれあいの延長線上のようなセックスをする。約束も絶対もない、子供同士の遊び。だからこそ余計なことを気負わずに済んだし、お互いに誠実でいられた。これから先、彼と過ごした日々のことを思い出すことで、僕は生きていける。そんな、宝物のような記憶。
 だから今日、群衆のなかで彼の姿を見つけたときには、夢でもみているんじゃないかと思った。すぐに身体を貫いた鋭い痛みで、すぐにそれが現実であることを思い知らされたのだけれど。
 飛び交う悲鳴と怒鳴り声。痛みで視界が滲み、呼吸をするたび喉が引き攣れたような音を立てる。僕の身体に突き刺さる、真っ白な羽根がついた矢。不思議とほとんど血の出ていない僕の身体を、誰かが引きずるようにして室内へと運んでいく。「これで貸しイチッスよ」遠のく意識のなかで聞こえた懐かしい声と、それに同意するように小さく唸る声。力の入らない身体が、ふさふさとした白い毛で覆われたなにかに乗せられる。
 馬鹿みたいに煌びやかな婚礼衣装を身につけた僕の身体が射抜かれる前、ほんの一瞬彼と目があった。あの頃と同じ、冷たい炎を宿したエメラルドの双眸。驚いて作り笑いを忘れた僕に語りかけるように、その薄い唇がゆっくりと動く。

Il est a moi私の獲物だ!」

 その日、名もなき国の王子が死んだ。

 




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