13. 恋だの、愛だの

Caption

ルーク・ハントを幼馴染に持つアタシの話。
成分表:ネームレス女主夢 | 幼馴染 | ミドルスクール | 未成年の喫煙描写


 穏やかな昼下がり。胡坐をかいた状態で革張りのソファーの背にもたれ、読みかけの本のページを捲る。開け放たれた窓から入ってくる新鮮な空気。Le courant d'air. カーテンを揺らし、鉢植えの花弁を撫でながら部屋の中を通り抜けていくその風のことを、私たちはそう呼んでいる。
 季節は初夏。まだ冷房をつけるほどではないが、乾いた風は確かに夏の香りを孕んでいる。つるりとした紙の上に指先を滑らせながらページを捲れば、ローテーブルの上に置かれたグラスの中で氷がカランと大きな音を立てた。そのとき聞こえた、ガラス戸をコンコンと叩く音。ちょうど物語が佳境に差しかかったこともあり、文字を目で追いながら手だけをひらひらと振ってみせる。するとバルコニーに繋がるガラス戸が静かに開かれ、誰かが部屋の中に入ってきた。

「Bonjor」
「ん」

 聞きなれた声に気のない返事をする。そもそもそれを気にするような相手ではない。また窓から入ってきて、なんて台詞はもう何度口にしたかすら覚えていない。つまり言うだけムダってこと。
 ドサリとソファーが沈む感覚。かすかに血のにおいがする。そのまま五ページ、章の終わりまで読み進めたところでちらりと視線を動かして、私は「うわ」と声を漏らした。ソファーの隣に金髪の男が座っていたからではない。その男の頬が、漫画のキャラクターのように赤く腫れあがっていたからだ。

「あっはは! ヤバいねその頬っぺた」

 思わず読みかけの本をテーブルにおいて、笑いながら手を伸ばす。夜空に浮かぶ星のようなそばかすに彩られた、柔らかな頬。じんわりと熱を持ったそこにそっと触れてみると、彼は大げさに「Aie !」と肩を揺らした。

「で、なにがあったの?」

 そう問いかけてから、口を開きかけた相手を静止して言葉を続ける。

「待って! 当てさせて! ……同じクラスのエランドの女の子の角を触っちゃった?」
「Non」
「えっ、じゃあチーターちゃんのほう?」
「……少し誤解があるようだけれど、」
「じゃあなに? ああ、いろんな獣人ちゃんにちょっかいかけてるのがバレて囲まれたんだ」

 で、甘んじて殴られた。それがその場を収めるのに一番いい方法だったから。続けてそう言えば、緑色の目が瞬いた。どうやら正解だったらしい。

「……キミも人が悪い」
「殴られたとは聞いてなかったよ。なんかアンタが呼び出されたとは聞いたけど」

 コイツ――幼馴染のルークの話は、聞きたくなくても私の耳に入ってくる。この田舎町の「上流階級」が通うミドルスクールでは、個人のプライバシーなんてあってないようなものだ。とくに「幼馴染」という関係性からあることないこと邪推する奴らは、勝ち誇った顔で「ハントさん、今日はインパラの獣人とデート中みたいですけど」とか言ってくるわけだが、正直アタシはコイツがどこで何をしていようがどうだっていい。
 机の上の小さな箱から煙草を一本取り出して、銀色のジッポの蓋を開ける。弾ける熱と、飛び散る火花。肺いっぱいに息を吸いこんだあとルークに向かって息を吹きかければ、彼は表情一つ変えずに私の手から煙草を奪った。細く巻かれた紙の先端で、紫煙がくゆる。
 ルークはアタシが煙草を吸うと嫌がる。もちろんそれが法律違反だからとか身体に悪いからとかではなく、単純に強いにおいが身体に染みつくからだ。

「……確か冷凍庫に氷がまだあったはず」

 咎めるような視線が面倒になりその場で立ち上がろうとしたアタシの前で、ルークがアタシから奪った煙草を咥えて息を吸いこんだから驚いた。

「なにしてんの!? 身体に悪いよ」
「キミも吸っているものなのに?」

 目の前に吐き出される煙。

「アタシはいいの! どうせ、」

 長生きしたってしょうがないから。来年にはここを出て賢者の島に行くアンタと違って、アタシはどうせ。喉まで出かかった言葉を飲みこみ黙り込む。この時代遅れでしみったれた家にいる限りアタシに自由はない。でもただの子供であるアタシにここから逃げ出し、逃げおおせるほどの力があるはずもなかった。
 小さく舌打ちをしたアタシを見て、今度はルークが笑った。よくできた喜劇を観ているときのように、楽しそうに。そして笑いながらもう一度煙草を咥え、ルークがアタシの唇をキスで塞いだ。口の中に溢れる苦みのある煙。次は腹でも刺されればいいのに。そう思いながら、アタシはろくでもない幼馴染の舌先に噛みついた。

 




この作品を共有 

👏waveboxで拍手 💌フォームで感想

読んだよ!報告、感想とても嬉しいです!ありがとうございます!


Top