17. お前に飼われた覚えはねえ
Caption
ルーク・ハントが苦手なのに、その身体に流れる猟犬の血のせいで逆らうことができない獣人のオレの話。
成分表:ネームレス男主夢 | Dom/Subバースっぽい
種族特有の癖ってあるじゃん。単語の発音や独特の言い回しなんかもそうだけど、もっと「無意識に身体が動いてしまう」みたいなやつ。例えば同じクラスの人魚族の奴なんかは二つ足の姿でも水場を見つけるとふらふら近づいて行くし、同室のアオシジュウカラの獣人は春先になると俺たちの服を集めてベッドに巨大な巣を作る。そういう本能というか、衝動にも似た癖。
俺はビーグルの獣人だ。俺の両親も、そのまた両親も、多分もっと前まで遡ってもずっとビーグルの獣人しかいない。それぐらいなんの面白味もない、至って普通のビーグルの獣人。幼い頃はライオンやオオカミのように強くて格好いい獣人に憧れたりもしたもんだが、今はなんやかんやで自分の種族も悪くないと思っている。ほら、俺たちって他種族と仲良くなるのが得意だし、わりと頭もいいし。それに、他の奴らほど変わった癖もない。他の獣人の多くがそうであるように、感情が耳と尻尾に表れてしまうとか、せいぜいその程度。
生まれてこのかた、ずっとそう思っていた。この学園でアイツに出会うまでは。
「Bonjour」
「ゲッ」
昼休みの生徒たちで賑わう中庭で聞こえたその伸びやかな声に、俺の頭のてっぺんで自慢のタレ耳が大きく揺れる。十分に警戒していたつもりだったが、やっぱり人混みでコイツの匂いを嗅ぎ分けるのは難しい。顔は上げずに視線だけで声のした方向を見やれば、思った通り、そこにはニコニコと楽しそうな笑みを浮かべて俺を見下ろす金髪の男の姿があった。オレの貴重な昼休みを邪魔されてたまるか。それ以上なにか話しかけられる前に急いでハンバーガーの最後の一口を飲みこんで、ケチャップのついた包み紙をくしゃりと丸めて立ち上がる。
「ほへはほろほろ……」
無作法なのは承知の上でジューシーなパテとふわふわのバンズを咀嚼しながら、もごもごと言い訳のような別れの挨拶を口にしたそのとき。その場に先程よりも低く、鋭い声が響いた。
「Assis!」
オレの大きなタレ耳がぴくぴくと揺れ、尻尾がピンと立ち上がる。ダメだ。今すぐ逃げないと面倒なことになるぞ。そう頭では理解しているのに、オレはその場でストンと腰を下ろしてしまった。
「C'est bien!」
続いて聞こえた、笑いを湛えた穏やかな声。同時に革の手袋をはめた手に頭のてっぺんを撫でられて、オレの尻尾がゆらゆらと左右に揺れ始める。
「やめ……」
革に覆われた指先が髪を梳き、耳の付け根を優しく擦る。たったそれだけで目の前の男にぶつけるはずだった言葉はあっさりと離散し、オレの尻尾はバカみたいにブンブンと風を切る。
二週間前、入学して初めての飛行術の授業で箒を吹き飛ばしてしまった先にいたのが、このルーク・ハントという名の生徒だった。勢いよく飛んで行った箒を難なく受け止めた相手に「悪い、怪我してないか?」と声をかけて、驚いた。相手がコイツだったからではない。コイツと目があった瞬間、自分がその場で座り込んでしまったからだ。てっきり出会い頭になにかしらの魔法でもかけられたのかと思ったが、箒を持ってオレを見下ろす相手もまたオレと同じように驚いた顔をしているのを見てそうではないと気がついた。
その場に漂う気まずい沈黙。それをなんとか終わらせようと笑顔を浮かべ、箒を受けとろうと手を伸ばしたオレをじっと見つめたあと、コイツは信じられないような行動をとった。
投げたのだ。今さっき受け止めたばかりのオレの箒を、オレからは手の届かない少し遠くの芝生の上に。
「お前、何を……」
「失礼。あれを拾ってはくれないだろうか?」
「はあ?」
「ああ、こう言うべきかな? Va chercher」
全くもって意味がわからなかった。突然他人の箒を投げて拾えと言い出したコイツも、まるでそうするのが当たり前であるかのように、その言葉に従って箒を拾い上げ相手のところまで持って帰ってきた自分も。
本当になにが起こっているのかわからなかった。オレはイヌ科の獣人であって、飼い慣らされた犬ではない。こんなこと、今まで一度だってやったことがない。犬のように「とってこい」をするなんて。しかも名前も知らない初対面の相手にだ!
逃げるようにその場をあとにして以来、このルーク・ハントとかいう男はやたらとオレに絡んでくるようになった。いくら人目を避けて逃げ回っても無駄。コイツは音も匂いもなく忍び寄ってくる。そしてあの緑色の目でじっと見つめられながら名前を呼ばれると、オレはもうどうすることもできなくなってしまう。
「今度一緒に狩りに行かないかい?」
「狩り?」
「ああ。キミは体力もあるようだし……一度その鈴の音を聞いてみたいと思っていたんだ」
「オレは……」
犬じゃない。その言葉は頬を撫でるように下りてきた手によって遮られ、オレはいつか絶対この手を噛んでやるからなという決意を新たにしながら黙って尻尾を振った。
この作品を共有

👏waveboxで拍手 💌フォームで感想
読んだよ!報告、感想とても嬉しいです!ありがとうございます!