18. 孔雀色のワルツ
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Twitterで呟いていた「貧困地区の生まれだけど孔雀の獣人だったから熱砂の国の宝石商に拾われ養子として育ててもらい生き延びることができた僕が、式典中に隣の金髪の男と目があった瞬間公衆の面前であるのにも関わらず「見せ物」として完璧に管理してきた背中の羽を生まれて初めて無意識で広げてしまう話」
成分表:ネームレス獣人男主夢 | 求愛 | 一目惚れ→甘め?
不死、そして「復活」の象徴で、全知全能の神の化身。毒を退け財と幸運をもたらす美しい吉鳥――それが孔雀。古くから孔雀という鳥は人間たちによって都合よく祀り上げられ、信仰の対象になってきた。もちろん孔雀の肉体が腐らないなんてことはないし、羽根を彩る目玉模様が全知全能の神の思し召しであるなんてこともない。確かに卵や雛を守るためにサソリや毒蛇を相手に戦うこともあるが、毒に当たれば普通に死ぬし、年に一度羽根を失ってもまた再生するのは奇跡でもなんでもなく換毛期だからだ。
僕は美しい。幼い頃に今の養父にあたる熱砂の国の宝石商の男に買い取られて以来ずっと、僕はそうあるよう求められてきた。
五万八千マドル。それが「僕」の命の値段。そしてそこに普通の暮らしをするのであれば一生食うに困らないほど莫大な金が投入されて、今の「美しい僕」が完成した。
ツヤが出るまで磨きあげてから鮮やかに彩られた爪に、傷ひとつない柔らかな指先。頭の上で結い上げた美しい青色の髪は、動くたびにその輝きを変える。緑がかったヘーゼルの瞳は瞬きをするたびガラス玉のようにきらめいて、普段ほとんど露出をしない白い肌は上質の絹のように滑らかだ。
そしてなにより僕には羽がある。毎年美しく生え変わる、色鮮やかな長い尾羽が。
僕は孔雀の獣人だ。生まれてすぐに親に捨てられ、子供の売買を生業にする大人たちに拾われた。器量のよい子、毛色が珍しい子。頭の回転が速い子、人の役立つ能力を持って生まれた子。そういう子供たちが「選ばれて」いくのを何度も見送りながら迎えた、五回目の春。孔雀らしい羽も生えていないただの痩せぎすの子供だった僕を言い値の倍で買い取ったのが、今の養父だった。
昔一度、養父に尋ねたことがある。どうしてなんの取り柄もない売れ残りの僕を買い取ったのかと。驚いたように目を見開いた養父は、少し考え込むような素振りを見せたあと僕の手を引いて仕事場へと向かった。
棚の中に並べられた、ゴツゴツとした石ころ。まだ小さかった僕を抱き上げて棚の中を見せながら、彼は言った。「私は宝探しが得意なんだ」と。
そんな養父に引き取られた後、僕は彼の商品として相応しい存在になるよう徹底的に教育を受けた。
まずは長年栄養不足だった身体を整えるための食生活の改善と、運動機能の回復。そこから髪や肌の手入れのような肉体的なケアの方法や、持って生まれた自分の身体の効率的な使い方や魅せ方を学んだ。
もちろん、外側だけを磨けばいいというわけではない。宝石商は商売人であり、物の良し悪しを見分けてその一番美しい姿を引き出す職人でもある。商売人に必要なコミュニケーション能力や精神的なマネジメント方法に、語学や政治経済といった社会や時勢にまつわる知識。そして商品を扱う上で欠かすことのできない、地質学や自然科学に関する知識。養父は僕にありとあらゆる知識を身につけさせ、様々な経験をさせるために資材を投じ、空っぽだった僕は一心不乱にそれを己の血肉に変えた。
そうして、数万マドルで叩き売られていた薄汚い子供だった僕は、今の「美しい僕」になった。
僕はいつだって、商品として完璧な美しさを保たなくてはならない。二次性徴を迎え、僕の尾羽が色鮮やかな青色に変わったあの瞬間から、僕はそれまで以上に真剣にその「責任」に向きあうようになった。
例えば、僕が尾羽を広げるのは養父の扱う石ころを引き立てるときや、仕事でパフォーマンスが必要になったときだけ。思春期の子供のように個人的な感情で羽を動かすことなんてありえないし、あってはならない。数年前から、父の店での実務的な手伝いよりも「看板」としての仕事の比重が大きくなってきた。最近では僕が雑誌の紙面やSNS上で身につけた石ころに注文が殺到する……なんてこともある。いろいろなことが軌道に乗り始めたこういうときこそ、気を抜いてはいけない。僕はみんなが望む商品であらねばならないのだから。
「ああ、キミは確か熱砂の国の……」
「はい。直接お会いするのは初めてですよね? その節はありがとうございました」
「こちらこそ無理を言ったのにすぐに完成させてくれて助かったよ」
「今朝マジカメに載せていたのは新しいデザインですか? 母が気に入ったようで贈り物にしたいんですが……」
「ありがとうございます! ではすぐにご用意させて頂きますね」
ここはナイトレイブンカレッジ。世界の果てに存在する、名門魔法士養成校。この日めでたくこの学園に迎え入れられた僕は、大きなトラブルもなく無事に入学式を終え、寮長に連れられて談話室に足を踏み入れた。
僕が組み分けられたのは、美しき女王の奮励の精神に基づくポムフィオーレだった。入学前からこの寮かスカラビアかのどちらかになるだろうなと思っていたので、とくに驚きはない。しかしどうやらここには想像していた以上に多くの顧客や取引先の家の子供が所属しているらしい。念のため事前に生徒の情報を調べておいてよかったと内心少しホッとしながら、矢継ぎ早に話しかけてくる寮生たちに笑顔で挨拶を返していく。
あっちの赤毛は薔薇の王国の有名な仕立て屋の長男で、その隣の栗毛は熱砂の国でも有数の貿易商の次男坊。そうやって脳内で顔と家名を照らし合わせながら「友達づくり」に励んでいたとき、その声は聞こえた。
「Beaute !」
決して大きくはないのに、よく通る声。不思議とその声の正体が気になって声の聞こえた方向へと視線を動かせば、寮生たちの間をかき分けるようにして一人の生徒が姿を現した。
「Quelle beaute ! ああ、実に素晴らしい」
大仰に胸に手を当てて微笑む、ブロンドの生徒。一拍置いてどうやらその賞賛が僕に向けられたものであるらしいと気づき、慌てて身体ごとその生徒のほうに向き直る。そしていつもそうするように「ありがとうございます」と微笑んだとき。綺麗に切り揃えられた前髪の下、切れ長の瞳が真っ直ぐ僕を見つめた。
「……え、あっ」
情けなく震えたその声が自分のものだと気づくまで、少しの時間を要した。
一体何が起こったのか分からなかった。その瑞々しい緑色の光に射抜かれた瞬間、僕の身体は全身の血が沸騰したのではないかと思うほど熱くなったから。同時に訪れた、身体の奥底から得体の知れない震えが湧き上がってくるような感覚。
しまった、と咄嗟に腹に力を込めてももう遅い。
「……なんと! アレを見たまえ」
「アレが噂の……」
ふわり、と髪が揺れ、お気に入りの香油の優しい香りが鼻腔をくすぐる。自分の身体に何が起こっているのか、視線を動かさなくてもわかる。僕は今、自慢の尾羽を思いっきり開いて見せつけている。こんな公衆の面前で、名前すら知らない初対面の男を相手に、求愛行動をとっているのだ。
部屋中の視線が自分に集まっているのが分かって、顔にじわじわと熱が集まってくる。なんとかしなければ、と必死で羽を閉じようとするのに、僕の身体は全く言うことを聞いてくれない。周囲に広がるざわめき。焦れば焦るほど思考は停止し、喉の奥が引き攣ったような音を立てる。
なにか言わないと。学校のように暇を持て余した子供たちが集まる空間に、入学初日から同級生に求愛をした獣人がいるなんて話が投下されたらどうなる? ポムフィオーレに今日入学した孔雀の獣人なんて名指しも同然。このままではきっと噂だけがどんどん独り歩きして、これまで僕が築き上げてきたブランドイメージが全て崩れ去ってしまう。
どうすれば美しく見えるか、相手が何を求めているのか。どうすればいい商品になれるか、どうやって自分をコントロールするか。あんなにたくさん勉強したのに、今この場を収めるためにはなにが有用なのか見当もつかない。僕は、自分の心が分からない。
「ああ、まさかその美しいピーコックブルーをこの目で見ることができる日が来るなんて!」
再び響いた伸びやかな声に、室内が水を打ったように静まり返る。
「こんな形で約束を果たしてくれるとは、キミはいつも私の期待を裏切ってくれる……勿論いい意味でね」
鮮やかなペリドットの双眸。試すように僕を見下ろすその輝きに見惚れて数秒、彼が助け舟を出してくれていることに気付いて口を開いた。
「……ええ、あなたはサプライズがお好きだと伺って」
約束なんてもちろん嘘。僕たちは今日初めて顔を合わし、言葉を交わした。そんな相手がどうして僕を助けてくれようとしているのかは分からない。しかし彼に話を合わせることがこの状況を乗り切る唯一の方法であることは明白だった。
「Beaute ! ああ、皆さんお騒がせして申し訳ありません。私の小さなワガママが、彼を困らせてしまったらしい」
「……ワガママ?」
「ええ、今日という素晴らしい日を祝うため、ピーコックブルーを見せてはもらえないかというお願いを」
彼が茶目っ気たっぷりにそう言うと、寮生たちの間で小さな笑いが起こって室内の空気が一気に柔らかいものに変化する。
「何事かと思ったらルークの頼みか」
「ハント、あまり新入生をいじめてやるなよ」
相次いで飛んでくる揶揄いの言葉から、どうやらルーク・ハントと呼ばれた生徒は上級生であるらしいことが分かる。学年は恐らく二年。寮内でも目立つ存在で皆と交流があるが、誰かの取り巻きやただの三枚目というわけでもなさそうに見える。
寮生たちを相手に演説でも行っているかのような身振り手振りを交えて話す、ルークという名の男。その精悍な横顔を眺めて彼の真意を読みとろうとしていると、再びぱちりと視線がぶつかった。
「困らせてしまったお詫びに、私と一曲踊ってはくれないかい?」
そんな予想外の言葉に動揺する僕の前に、ルークが右手を差し出す。
他の多くの鳥たちがそうするように、意中の相手の前で羽を広げた雄の孔雀は求愛のためにダンスをする。そして相手がその求愛に応えれば番の成立。あの状況ですぐに僕のフォローをしてくれた彼ならきっと、このダンスがどういう意味を持つかを知っているはず。本当は寮ぐるみで揶揄われているのだろうか? 脳内を過ったそんな不安も、僕を見つめる視線の熱さで溶けていく。
「……喜んで」
姿勢を正してそう返せば、室内に流れる音楽が変わり寮生たちが歓声を上げる。
式典服の長いローブの裾を持ち上げて広がる尾羽を揺らしながら、僕は踊った。繋いだ手の温もりに気を取られる僕の耳元に唇を寄せたルークが告げた僕の求愛への返事は、僕たち二人だけの秘密だ。
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